LOG IN

加藤靖久 PISS! PISS!! PISS!!!

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

それは何処かの誰かのお伽噺

昨日に続き今日も洗濯。

稽古が熱を帯びるのに比例して

汗にまみれる服が増えまくるのだよ。


あ、そうそう。

昨日の日記で告知しました

『PANDORA~』に関する告知なんですけど

もうちょい時間がかかるそうなんです。スイマセン。

もうボチボチ解禁になるハズなんで!!

震えて震えて震えて待ってて下さいませ。



自分の役のイメージを、

生きる世界のイメージを、

如何に膨らませて膨らませて

どれだけ豊かにしていくか。


俳優にとって

一番楽しく、一番ウムムな作業だと思います。


各々、

様々な手段でそれをやっています。

DVDなんかを見漁って

どこかに自分の役に活かせるモノは無いかを探したり

小説なんかを読み漁って

どこかに世界のニオイのかけらが転がってないか探したり。


俺の場合。

やっぱネットでヒントを探したりもするようになりました。


そしたらさ!!

昨日、こんなの発見してしまった。

エライのに捕まってしまった。

読み出したら止まんなくなってさ。。。


【それは何処かの誰かのお伽噺】

ご存知の方いますかね??

こーいうのって転載したらマズイのかな??

いいや。怒られたら消します。



俺、こんなん大好物なんだよっ!!!!!

(※ちょっぴりオカルト入ってます。モロか。苦手な人いたらゴメンなさい。。。)







それは何処かの誰かのお伽噺。

 飛行機発明といえばライト兄弟だが、彼ら以前にも飛行機械を研究した人間は少なくない。
 特にドイツのシェーヴェル博士が試作した飛行機械は数秒間だが確かに「浮いた」らしい。
 しかし奇妙なことに、ライト兄弟の成功が知られるやそれらの試作品はまったく飛びも浮きもしなくなった。
 その後の航空力学からすれば冗談のような失敗作とされたシェーヴェル博士らの試作飛行機械。
 現在残されたスケッチによれば、翼がなく、円形だったという。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 現存するわが国最古の文献には、雲間に浮かぶ城と街、そしてそこに住む人々についての詳細な記述がある。
 しかも、同様の記録は欧州、中東、果ては南米にも史実として刻まれているのだ。
 ただし、これら「空の国」についての各地の記録は、西暦1400年頃を境にぷっつりと途絶える。
 この時期に何があったか、知る者はいない。
 尚、この「空の住人」については「地上に降りてきたとき、常に霧がかかった」と記されている。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 WWⅠの最中に雲の中から現れドイツ軍を駆逐した「モンスの天使」の伝説は広く知られているが、同様の事象がベトナム戦争中にも起こっていたことを知る者は少ない。
 それは湿地帯の底から現れ、北ベトコン兵に包囲された米兵を助けたという。
 目撃者の元米兵は、「助けてくれたのはありがたいけどさ――」と言葉少なに語る。
「全身真っ黒の毛むくじゃらで、ベトコンを食い殺しながら笑っていたんだぜ?」
 米国大統領は就任時に聖書に手を置き宣誓する。しかし実際の彼らは何に守護されているのか?






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 旧約聖書に記されたバベルの塔の一節によると、神はそれまで人類で使われていた単一の言語をばらばらに乱し、意思疎通を困難にさせたという。
 1960年代、この伝承を信じたとある言語学者が各地の単語・文法を解析し、その起源をたどって失われた「単一の言語」を復元しようと試みた。
 彼は数年後に病で急死するが、残された資料に記された「言語」は猿の鳴き声にそっくりの、意味不明な発音の羅列であったという。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 世間にオーパーツとして知られる代物の大多数は、単なる学者の誤解・悪戯だったと判明している。
 しかし、中には「本物」が見つかることも少なくない。
 中欧の7000年前の遺跡から発見された金属のプレートも、その一つだ。
 アルミを含む合金製と推測されるそのプレートには、英語に酷似した文字でこう刻まれていた。
「ここまで逃げても、奴らはまだ追ってくる……」
 プレートの主は何処から来て、何から逃げていたのだろう?






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 明治中頃の日本に、宮澤誠治という変わった絵ばかりを描く画家がいた。彼の絵は痩せ細った人間だったり白骨の山だったりと気味の悪いものばかりで、まったく売れることはなかった。
 やがて大正二年、一枚の絵を描き上げた翌日、彼は焼身自殺を遂げる。
 遺された絵には廃墟じみた建物が描かれ、焼け焦げた死体が積み重なっていた。
 昭和の終り頃、彼の子孫の手によりこの絵が美術展に出品された。
 一目見て審査員はいった――「原爆ドームの絵ですね」と。






それは何処かの誰かのお伽噺。

 1993年、アメリカはオハイオ州の精神病院でジョナサン・フィッシャーという男が病死した。
 彼は日頃から「世界は嘘ばかりだ」と喚き散らす病的な人間不信の塊だった。
 死後、彼の血液型が現行の分類のどれにも当てはまらない珍しいものであったことが判明。
 また、DNAの塩基配列も人類のそれとはかけ離れたものだった。
 彼は最後にこう言い残していたという。
「皆、変わってしまった。残ったのは俺だけだ」






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 学界の一部では、2002年に死亡したフランス国立病院の患者の記録が密かに注目を集めている。
 記録上、A氏とのみ伝えられる彼は、普段から常人の十倍以上の食料を摂取、五百キロ近い体躯で110歳まで生きた。
 脂肪だらけの体で生涯を終えた彼の死因は、栄養失調だった。
「食べても食べても細胞がまだ足りないと喚く」
 そう漏らした彼の肉体年齢は、医学的にはどう見ても三十代前半だったという。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 大正の末まで、青森県の北東部に家落村という集落が存在した。漁によって生計を立てていたその村は豊かとはいえなかったが、村人は概して朗らかで、よそ者に対しても友好的であったとされる。
 しかし、村は大津波により壊滅。百人足らずの村人も運命を共にした。
 郷土年鑑に残されている一枚の写真には、惨禍に合う数ヶ月前の村人数名が映されている。
 おどけたポーズを取る彼らの手指は不自然に短く見え、まるで水かきのようになっていた。
 なお、家落村の跡地からは、水深一万メートル以下に生息する深海魚の骨が多数発見されている。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 1985年、太平洋に一機の旅客機が墜落。多数の死者・行方不明者を出した。
 原因は天候の激変による嵐に巻き込まれたためであり、各地気象台の記録もそれを証明した。
 わずかな生存者が例外なく精神に異常を来していたことも、不幸な事例として処理されている。
「雲一つない晴天だった。なのに、眼下の海が突然渦巻き出して、あっという間に暴風雨になった」
 かろうじて会話が可能であった生存者の一人はそう証言したという。
 そして、「真っ黒い暴風の中、海から飛び出る巨大な蛇のような何かを見た」とも。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 飛行中のジェット機の翼、そのエンジンに野鳥が飛び込む事例は、実は珍しくない。
 現行のジェット機はその対策として、エンジンに様々なシールド、フィルター等を設けているが、それでもそうした事故は減少こそすれ絶えることはない。
 しかし、航空関係者に密かに知られる話として、次のようなものがある。
 何年かに一回、ジェット機のエンジンに、鳥にしては明らかに巨大すぎる翼、人間らしき生物の手足の欠片がこびりついていることがあるのだ。果たして空の上では何が飛び、何が生きているのか。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 原始人が描いたとされるラスコーの洞窟画は、学術上極めて重要な資料として研究されている。
 しかし、とある地質学者が次のように発表したことは、学会ではほとんど無視されている。
「洞窟の奥には、明らかに人工と思われる凹凸が刻まれている」と、彼は発表したのだ。「解析によれば、それらはどう見ても、パンゲアと呼ばれる原始以前の超大陸の詳細な地図であるとしか考えようがない」
 現在、ラスコーの洞窟画は岩壁の劣化を理由に非公開とされており、彼の主張の是非を確認することは不可能となっている。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 1976年、イングランド西部の都市エルソンでは五ヶ月に渡り曇天が続いたという記録があるが、実はこれには余談がある。
 分厚い雲の中、人の形をした巨大な影が遊弋するのを何百人もの住民が目撃しているのだ。
 一人の住民がカメラを積んだ観測気球を飛ばしたが、半日後には気球は墜落していた。フィルムはほぼ完全に破損していたが、二十年近く経ってからとあるTV会社が一カットだけ復元に成功した。
 映っていたのは黒褐色の楕円で、ある医師は「人の網膜の三千倍の拡大写真そっくり」と断定した。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 戦後間もない頃、とある地方県警に「名人」と呼ばれる刑事がいた。容疑者の取り調べに暴力を伴うことが珍しくない時代ではあったが、しかし彼はどんな容疑者にも傷一つ負わせず、次々と自白させたのだ。
 ただし、それらの容疑者の多くは精神を病み、中には直後に急死した者もいた。
 そうした事実に関わらず、とにかくも彼は優秀な刑事として評価され、定年で退職した。
 獄中で死亡した容疑者達の検死結果――外皮には傷一つないのに内臓だけが刃物で嬲ったかの如く切り刻まれていた、という奇怪な記録だけが、県警の事件ファイルに残されている。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 昭和初期まで、四国にY村という村が存在した。この村の風習として、数十年に一度、選ばれた娘を「神子」として崇めるというものがあった。
「神子」はその生涯に渡り、村人を好き勝手に傷つけ、殺戮する。特に残虐になるよう育てる訳でもないのに、彼女らは例外なく殺傷を好む性質となるのだ。
 記録にある最後の「神子」の名は「ときこ」。あるときY村と外部の連絡が途絶え、隣村の住民が調べた所、百人ほどの村人は皆殺しにされていたという。凄惨な拷問を受けたと思しきそれらの骸は、しかし全て恍惚とした笑みを浮かべていた。
 なお、当時十歳の「ときこ」の消息だけは、今に至るもわかっていない。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 現存する人類、そのミトコンドリアのDNAをたどると、アフリカの一人の女性に行き着く。
 通称「ミトコンドリア・イヴ」。人類のアフリカ起源説を補強する有力な学説だが、これには例外がある。約3%の割合で、明らかにアフリカ起源とは異なるDNAを有する人間が存在するのだ。
 仮称「ミトコンドリア・リリス」。ただし、これは公に認められた学説ではない。DNAの組成に、どう考えても生物史の系統樹からかけ離れた情報が含まれているためだという。
 発見者はスペインの学者だが、そもそも何故キリスト教における悪魔の名をつけたのか、彼が事故で急死した今となっては謎である。






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 オーストラリア南部に、原住民から「人食い沼」と恐れられていた沼が存在した。水質は比較的澄み、特に険しい地形でもないのに、その沼では人や獣が頻繁に行方知れずとなるのだという。
 1970年代、現地のテレビ局が「今なお残る秘境」という特番で沼を調査した。
 彼らはプロのダイバーを雇い、水中カメラで沼の中を探ろうとしたのだが、ダイバーは沈んだきり一向に戻ってこない。警察を動員した捜索の結果、沼の底から水中カメラだけが見つかった。
 フィルムには、沼に潜った直後から数時間にわたり、何かが何かをむさぼるような音だけが記録され、画像は完全に真っ黒のままだったという。






それは何処かの誰かのお伽噺。

 史学界で知られた話として、「紀元前500年の中断」というものがある。紀元前500年から400年までの約百年間にわたり、欧州、中国、アジア、中東といったいずれの地域においても歴史書が断絶しているのだ。世界的な異常気象によって混乱がもたらされていたと論じる者もおり、実際にそれについて記した碑文なども発見されている。
 史料が乏しいこともあってこの学説は一般的ではないが、しかし昨今発達したDNA解析によれば、紀元前500年以前の「人類」と、紀元前400年以後の人類のDNAは、生物学的に全くの別種といっていいほど構造が違っているという。
 果たしてその百年には何があり、そして今の人類はどこから来たのだろう?






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 1977年、フランス北東部の町カリロフスで、二十歳以上の男女が大量に殺害されるという事件があった。百人近くの被害者たちは、白昼の街中で見るも無残な有様で殺害されたにも関わらず、しかし目撃者は皆無だった。
 事件は結局、犯人と疑われた移民の男が取調中に病死したことで幕を閉じたが、1990年代にジャーナリストのゴラン氏が追跡調査を行っている。それによると容疑者は明らかに冤罪であり、街ぐるみで真相を闇に葬ったというのだ。
 それを聞かされた知人は、何故そんな事が、と当然のようにゴラン氏に問うたが、彼は口を歪めてこう答えたという。「当時、町に在住していた小学生児童、約1300人。そのほぼ全員が殺害に加わっていたなんて、誰が公にできるというんだい?」






 それは何処かの誰かのお伽噺。

 医学用語で、癌は「悪性新生物」とも呼ばれる。文字通り悪性の細胞が体内で増殖することからつけられた呼び名だ。
 だが、大病院の医師の間では、決して表に出されないエピソードがしばしば語られる。何千人何万人という癌患者の中で、時折、人類とはまったく別種の生物へと「変化」するケースがあるというのだ。
 例えば1988年にドイツで死亡したカナリスという男性は、キリスト教国であったにも関わらず死後即座に火葬にされた。理由はとあるウィルスのキャリアであったからと説明されたが、ナースの一人は「まるで半魚人のような」カナリス氏の顔をたしかに見た、と後に証言している。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 旧ソ連が医学・科学の発展を急ぐあまり、人体実験まがいの試行錯誤を繰り返していたことはよく知られている。
 その中でもとりわけ奇異なのが、在任中に急死したとある共産党指導者を蘇生させようとした事例だろう。
 何としてでも蘇生させろと指示された医師たちは、腐敗の始まった遺体から頭を切り離し、頸部に無数の機械をつないで生き返らせることに成功したという。結果、生首だけで「生き返った」その指導者は、しかし半日後には舌を噛んで自殺したとされる。
 なお、執刀に携わった医師たちは、それ以前の粛清によって家族を失った者ばかりで占められていたという。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 1917年、中国南東部の沿岸に巨大な海蛇らしき生物の遺骸が打ち上げられた。
 それは全長五キロに及ぶ海岸いっぱいに広がるほどに長く、色は鮮やかな青緑に輝いていた。
 現地の村人はこれぞ龍神として騒ぎ、祟りを恐れるがゆえに政府の調査団が到着する以前に総出で遺骸を海に流してしまった。
 数人がひそかにその生物の鱗らしきものを採取しているが、大人の掌以上のサイズを持つそれを後日学者が分析したところ、哺乳生物の角質にひどく近いとする結果が出たという。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 真言宗の開祖である空海は、その生涯の最後において高野山奥の院の霊廟に籠り、入定した。以後、霊廟は閉ざされ、外部の者は誰一人として立ち入ることが許されていない。
 1970年代の半ば頃、とある雑誌の記者がその霊廟を取材しようと強引に押し掛けた。
 高野山の僧が頑なに立ち入りを拒もうとする中、記者はかなり暴力的に霊廟に入り込もうとしたのだが、そのとき、廟内から「静かに」とたしなめる声がたしかに聞こえたという。
 件の記者は直後に事故死したが、その死はほとんど自殺に近いものだったと記録されている。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 かつてエジプトに存在したアレクサンドリア図書館は、世界中の書物が集った場所として史実に刻まれている。図書館はその後崩壊、ためこんだ書物も焼失・散逸しているが、1980年にエール大のリシェル博士が発掘調査によりそれらの蔵書の一部を発見した。
 そのうちの一つは、現代においても解読不可能の文字で記されていたが、表題に記された象形文字が「世界」を意味しているらしいことはどうにか判明した。リシェル博士はその研究に熱中したが、どうにか解読できそうだ、と家族に漏らした翌日、謎の自殺を遂げる。
 残された遺書には「世界の真の姿がわかってしまった。しかし私はそれに耐えられない」と記されていた。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 鎌倉幕府を開いた源頼朝は、その死因がはっきりしないことでも知られている。
 落馬した怪我がもとで死亡したという説が有力だが、武家の棟梁としてはあまりに不可解な死に様といえよう。
 だが、当時の頼朝の近習だったとされる榊原某なる御家人がこう日記に記していることは、あまり知られていない。
「夜半、鎌倉殿の寝所より大音声が轟いた。それは朗々たる鬨の声であり、矢羽が風を切る音であり、刃が打ち交わされる音であった」と日記は伝える。驚いた近習が駆けつけたとき、頼朝の遺体は無残に切り刻まれ、さらに海水につけたようにずぶ濡れであったという。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 1980年、某オカルト雑誌のライターであったN氏は、「悪霊に憑かれた少女」の噂を聞き、その取材を試みた。
 青森在住というその少女の父親とコンタクトを取ったN氏は首尾よく少女本人と出会えたが、少女が至って朗らかで明るい普通の少女であり、語る内容も平凡であったことに拍子抜けした。
 無駄骨であったかとN氏は帰京したが、取材内容をどうにか脚色して記事に仕立てている最中、奇怪な噂を同僚から聞かされる。
 件の少女は半年前に事故死しており、精神を病んだ父親は日頃から娘が生きているかのような言動を取っているというのだ。
 果たしてN氏は誰に出会い、誰に取材したというのか?



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 十九世紀末頃、フランスの富豪リュトーシュ家の末娘が五歳にして病死した。家族はその死を悲しみ、少女が大事にしていたビスクドールを一緒に埋葬した。その後、フランスがナチスドイツに占領された頃。件のビスクドールがとある高名な職人の手になる美術品であることを知ったナチス高官の命令により墓が暴かれた。
 十字を切りつつ棺を開けた兵士は仰天した。記録では三十センチ足らずとされたビスクドールは、発見時には一メートル以上の大きさで、棺の中で窮屈そうに膝を丸めており、そして小さな白骨体は所々が貪り食われたように欠けていたという。



 


 それは何処かの誰かのお伽噺。

 古代の貴人の陵墓には、粘土細工の人形が多数埋葬されていることがある。
 これは当時の、死去した貴人のお伴として奴隷たちが生き埋めにされたという風習に代わるもの――つまり粘土の人形は生きた人間の代わりであるとする説があるが、しかし一部の史書に次のような記述があることは知られていない。
 史書はこう伝える。永遠の旅路についた貴人の供となる者は、やはり永遠でなければならぬ。故に、粘土を溶かした湯を高温で沸騰させ、その中に生きた奴隷を投げいれて、骨も肉も土と一体化するまで煮詰めるべし、と。








ってか!!

これ書いたらPISSのレイアウトがおかしくなったよ。


・・・・・・何ぞ、コレ!?

| 日記・独り言 | 09:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

それは何処かの誰かのお伽噺。

| 廣悦 | 2010/05/04 16:04 | URL | ≫ EDIT

おもしろい!面白かったです!もっと・・・っっ・・・っ!

満足しました!敬礼!!

| ばしこ | 2010/05/05 21:28 | URL | ≫ EDIT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://kachokacho.blog102.fc2.com/tb.php/663-97c4e9af

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT